貴女のお蕎麦へ
D介、D冴(ご)、ペンキ塗り奮闘記。その1。
というのは実はこのブログでお馴染みのD介くんが、懸案であったウチの隣の空き部屋に、幼なじみのD冴くんと共に(セカンドハウスとして)住みつくことになったのです。で、その手始めとして(なにしろ古いビルなので)畳上げ、床掃除、天井と壁のホコリとり、ふき掃除、そしてやっとペンキ塗り開始、というところで初日は終了。とか言ってはみてもそこは彼らのすみか、あまり出過ぎた口出しはイケマセンが、でもリフォームの先輩としてノウハウを助言するのはあえて良しとしようじゃないのネ。とまあ、しかし、いろいろ書き過ぎてもね、プライバシーに差しさわるので、そこはまあこれからのお楽しみということで…。
話はころっと変わり。夕刻よりO嬢とかるく飲む。なにしろ日本酒党の娘である。ここのところワタシの心に住みついた「蕎麦屋で一杯」のテーマを肴に(日本酒を置いてないので)例のウィスキー・ソーダを飲む。「ウィスキーはお好きでしょ」の小雪が作るのはハイボール(ウィスキーソーダと同じもの)だけれど、なぜだか(いくら小雪が言おうとも)僕はウィスキーソーダの名が好きなので、ウィスキーソーダを飲む(好きにしなさい、ですね)。それにしてもあれですね。ウィスキーを「飲む」なら、一方の日本酒は「呑む」の方が似合いますね。ビールを「飲む」だし、焼酎は「呑む」だろうか?…つまり日本の酒はみな「呑む」になるの…?
思えば女性の中で「日本そば」に関心のある人って(僕のまわりには)あまりいなかった気がするな。ウチの奥さんが僕と同伴でソバ食べるのは、そりゃまあ当然と言えば当然だけれど、でも(冗談にしても)蕎麦屋で逢い引きなんてのしたことがないですね。若くして亡くなった(江戸研究家の)杉浦日向子さんの蕎麦好きに関して、その折々の下町情緒あふれる文体に幾多の舌つづみを打ったものだけれど、いったん女性が蕎麦道楽(ってものがあったとして)にハマればそれはもう「小股の切れ上がったいい女」となるわけで……。
で、僕は「小股の切れ上がったいい女」と書いたけれど、実はその意味というか解釈が曖昧だったので、たったいま調べてみました。パタパタパタ…ヴイーン…シャカシャカシャカ…ビービー…シュワシュワシュワ…ウィーン…ポン! でました。ベストアンサーかどうかは分かりませんが。
……小股の切れ上がった女を辞書で引くと「股が長くてすらっとした粋な女の姿を言う言い方」とある。しかし、本来この表現で捉えた時代の女は着物を着ていたはずである。着物では「股下が長いか、そこが切れ上がっているか」の判断は背丈と体形とこれが重要なのだが、お尻の位置でしか判断できない。背丈があってお尻がピンと持ち上がった均整の取れた女のことを言ったのであろう。そういう女は男が好むタイプである……。
なるほど。一方、色っぽい説は(例の)杉浦日向子さんです。
……「「膝から腿のあたりが切れ上がっていて、ちらりちらりとすそが開いてたいへん色っぽいわけです。そこへ風でも吹こうものなら『小股』があらわになってしまいます。(杉浦日向子・ぶらり江戸学)」……。
いかがですか。このように(というか僕が感じる)色っぽい女性、艶やかな女性、それにプラスして「粋な」女性という「江戸情緒」に通じる現代女性も一緒にいるだけでなかなかのものだと思いませんか。つづく(かも知れない)。
というのは実はこのブログでお馴染みのD介くんが、懸案であったウチの隣の空き部屋に、幼なじみのD冴くんと共に(セカンドハウスとして)住みつくことになったのです。で、その手始めとして(なにしろ古いビルなので)畳上げ、床掃除、天井と壁のホコリとり、ふき掃除、そしてやっとペンキ塗り開始、というところで初日は終了。とか言ってはみてもそこは彼らのすみか、あまり出過ぎた口出しはイケマセンが、でもリフォームの先輩としてノウハウを助言するのはあえて良しとしようじゃないのネ。とまあ、しかし、いろいろ書き過ぎてもね、プライバシーに差しさわるので、そこはまあこれからのお楽しみということで…。
話はころっと変わり。夕刻よりO嬢とかるく飲む。なにしろ日本酒党の娘である。ここのところワタシの心に住みついた「蕎麦屋で一杯」のテーマを肴に(日本酒を置いてないので)例のウィスキー・ソーダを飲む。「ウィスキーはお好きでしょ」の小雪が作るのはハイボール(ウィスキーソーダと同じもの)だけれど、なぜだか(いくら小雪が言おうとも)僕はウィスキーソーダの名が好きなので、ウィスキーソーダを飲む(好きにしなさい、ですね)。それにしてもあれですね。ウィスキーを「飲む」なら、一方の日本酒は「呑む」の方が似合いますね。ビールを「飲む」だし、焼酎は「呑む」だろうか?…つまり日本の酒はみな「呑む」になるの…?
思えば女性の中で「日本そば」に関心のある人って(僕のまわりには)あまりいなかった気がするな。ウチの奥さんが僕と同伴でソバ食べるのは、そりゃまあ当然と言えば当然だけれど、でも(冗談にしても)蕎麦屋で逢い引きなんてのしたことがないですね。若くして亡くなった(江戸研究家の)杉浦日向子さんの蕎麦好きに関して、その折々の下町情緒あふれる文体に幾多の舌つづみを打ったものだけれど、いったん女性が蕎麦道楽(ってものがあったとして)にハマればそれはもう「小股の切れ上がったいい女」となるわけで……。
で、僕は「小股の切れ上がったいい女」と書いたけれど、実はその意味というか解釈が曖昧だったので、たったいま調べてみました。パタパタパタ…ヴイーン…シャカシャカシャカ…ビービー…シュワシュワシュワ…ウィーン…ポン! でました。ベストアンサーかどうかは分かりませんが。
……小股の切れ上がった女を辞書で引くと「股が長くてすらっとした粋な女の姿を言う言い方」とある。しかし、本来この表現で捉えた時代の女は着物を着ていたはずである。着物では「股下が長いか、そこが切れ上がっているか」の判断は背丈と体形とこれが重要なのだが、お尻の位置でしか判断できない。背丈があってお尻がピンと持ち上がった均整の取れた女のことを言ったのであろう。そういう女は男が好むタイプである……。
なるほど。一方、色っぽい説は(例の)杉浦日向子さんです。
……「「膝から腿のあたりが切れ上がっていて、ちらりちらりとすそが開いてたいへん色っぽいわけです。そこへ風でも吹こうものなら『小股』があらわになってしまいます。(杉浦日向子・ぶらり江戸学)」……。
いかがですか。このように(というか僕が感じる)色っぽい女性、艶やかな女性、それにプラスして「粋な」女性という「江戸情緒」に通じる現代女性も一緒にいるだけでなかなかのものだと思いませんか。つづく(かも知れない)。
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